○刊!Fumiltonの日常

Fumiltonとしてのカート活動を中心にエントリーします。実名での活動はFacebookで。

祖父闘病日記

あれから1年

祖父が倒れてから1年が経ちました。
全く進捗が無く、ある意味安定しています。

聞こえているのかどうかも分からないですが、きっと聞こえているだろうと思いながら話しかけ続けています。

1年間寝続けるってすごい体力だと思いました。それ故に倒れさえしなければどれだけ元気だったのだろうかと悔しささえ思うときがあります。

こうなりゃ、とことん付き合おうと思っている今日この頃です。


チャオ〜 

変化

あの日から6ヶ月が経とうとしています。
相変わらず、意識は回復しておりませんが、少しだけ変化が。

それは、手のひらを握ってあげるとそれに答えたかのように「ギュッ、ギュッ」っと握り返すようになりました。

恐らく、これは人間の本能というか生まれた瞬間からできる動作なので無意識でもできるのかもしれません。しかし、数ヶ月前は握り返しもしなかったことなので、家族としては変化に驚いています。 

そんな祖父がこの6月で83歳になりました。(おめでと!) 

そして、超サプライズな出来事もありました。(江原さんばりの出来事です。)


つづきは、また後日。


チャオ〜 

転院

今週から祖父は転院しています。
残念ながら意識は回復しないまま、家の近くの病院に戻ってきました。
最初に運ばれた病院で、治療をしていたのですが、これ以上の治療はできないと判断され、介護しせつがある病院へと転院することになったのでした。

今日の午前中は、呼びかけると目は開きますが、焦点が合っていないように感じました。

この1ヶ月間のうち半分は、39〜40度の熱があり、原因は髄膜炎です。頭にチューブをさしたとき、菌が入ってしまったようで(無菌でいる方が難しいそうです。)、苦しそうでした。普通は、脳の中は無菌ですが、祖父の頭というか髄液には、4000匹ものウイルスがいたようです。で、血液製剤を使って、ウイルスを25匹まで下がってきたと報告を受けました。

正直、意識の回復(意思の疎通)は、困難だと思っています。それでも、諦めずに(脳死にならずに)、呼吸を続けているじいちゃんに勇気を貰いました。


じいちゃん、頑張れ!!!
 

脱ICU

本日、祖父はICUから個室に移動になりました。
残念ながら未だに意識は戻らないのですが、管関係が取れてきているので、確実に良い方向に向かっていると思います。

がんばれじいちゃん!

試練

昨日、祖父が倒れました。
脳出血でした。
緊急手術を行い、今もICUにて祖父は闘病しています。
まだ、意識は戻っていません。しかし、自分の胸で大きく息を吸っていました。
じいちゃんとは、結婚するまで約27年間一緒に暮らしていました。僕には、父親がいない為、事実上の父親でもあります。なので、なんとしてもなんとしても戻ってきて欲しい。そして、またプロ野球についてあ〜でもないこ〜でもないとくっちゃべりたいです。

これから、祖父が意識が回復し、見事に復活を遂げた時の為に、このブログに闘病日記をつけていきたいと思います。なぜなら、祖父は日記をつけていたからです。内容は覗いた事はありませんが、おそらくは日々の出来事を綴っていたのでしょう。でも、今は82年間フルに使っていた脳をすこ〜しだけお休みさせているので、その間はこのブログで日記をつけておいて、「こんなに皆が心配してたんだぜ!」だとか「僕なんかじいちゃんがどっかに行ってしまうのではないかと思って、12時間泣きっぱなしだったんだぜ!!」だとか言おうかと思っています。

じいちゃんが記憶が吹っ飛んでいる可能性があるので、思い出させてあげる為に、ばあちゃんから聞いた倒れた時の前後を記しておくね。

じいちゃんは、朝4:30に起床して朝4:45頃には散歩に出かけました。その後、ご飯を食べて7時過ぎにはゴミ出しをして、9時頃なのかな?いつものソフトボール仲間とグラウンドに集まりました。もう、じいちゃんは、数年前にソフトボール自体は引退をしていたようなんだけど、最初の体操には大きな声で「いっち、に〜、さん!」っと発生しながら皆をリードしていたんだって。でも、残念ながら昨日は様子が違いました。
最初は、声をだしていたのですが、それから声が出なくなってしまったようです。そして周りの人がいつもと違うと悟ったらしく、ベンチに座らせたところで、嘔吐。急いで(車で来ていた)友人が近くの病院へ運ぶ事になりました。
そうこうしているうちに、ばあちゃんが病院に駆けつけます。その時は、じいちゃんはまだ意識はありました。
ばあちゃん「どこが変なの??」
じいちゃん「頭の後ろのほうが痛い。。。」
そう言ったきり、左半身がだらんとなり、そのままこちらの問いかけには反応しなくなったそうです。
その後、脳の中に原因があるであろうということで、MRIがある大きな病院へ搬送したのでした。
実は、この間に腰を抜かしたばあちゃんが友達に頼んで
「家の電話帳に母の働き先が書いてあるので、急ぎ母に知らせて欲しい。」
と言ったそうなのですが、そのお友達も慌てているため、働き先の番号を電話帳から探せず、見やすいところに記載があった僕の携帯電話に掛けて来たのでした。そして、慌てて母と近くに住む叔父と私の妻に連絡をとり、急ぎ病院に駆けつけるように依頼をしました。もちろん、僕もすっとんで会社を早退しました。

で、僕がついた時にはMRIの写真を見ながら、お医者様がばあちゃん含め家族に説明をしていました。
この説明は分かりやすくて、冷静に受け入れていたのですが、カーテンがサッと開いたので、振り向くとそこにはじいちゃんが寝ていました。苦しそう。それに僕が知っているじいちゃんより小さくみえる。顔色も悪い。この瞬間、滝のように涙が止まらず、人生で一番多く泣いた日となりました。あんなに元気なじいちゃんなのに、無敵とさえ思っていたじいちゃんなのに、可哀想で可哀想で28年分の元気な時の思い出とが混ざり本当に本当に泣きまくりました。
でも、じいちゃん、覚えてる?手術室に向かうエレベータの中で僕が「俺がついてる!頑張ってこい!!」っていうと、まだ動く唇を一生懸命動かしていたんだぜ? その後も、僕が「聞こえてるかい??じいちゃん??」と言うたびに、唇を尖らせてアピールしていたよね?その瞬間、僕は絶対元気に戻ってくると確信したんだ。

その後、緊急手術が無事に終わり、ICUにて現在も闘っております。

じいちゃん、もう一度、一緒に野球を見にいこうぜ。だから、ゆっくり慌てずに戻ってきてね!!
俺、待ってるから。みんな、じいちゃんを待ってるからさ。
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