昨日、祖父が倒れました。
脳出血でした。
緊急手術を行い、今もICUにて祖父は闘病しています。
まだ、意識は戻っていません。しかし、自分の胸で大きく息を吸っていました。
じいちゃんとは、結婚するまで約27年間一緒に暮らしていました。僕には、父親がいない為、事実上の父親でもあります。なので、なんとしてもなんとしても戻ってきて欲しい。そして、またプロ野球についてあ〜でもないこ〜でもないとくっちゃべりたいです。

これから、祖父が意識が回復し、見事に復活を遂げた時の為に、このブログに闘病日記をつけていきたいと思います。なぜなら、祖父は日記をつけていたからです。内容は覗いた事はありませんが、おそらくは日々の出来事を綴っていたのでしょう。でも、今は82年間フルに使っていた脳をすこ〜しだけお休みさせているので、その間はこのブログで日記をつけておいて、「こんなに皆が心配してたんだぜ!」だとか「僕なんかじいちゃんがどっかに行ってしまうのではないかと思って、12時間泣きっぱなしだったんだぜ!!」だとか言おうかと思っています。

じいちゃんが記憶が吹っ飛んでいる可能性があるので、思い出させてあげる為に、ばあちゃんから聞いた倒れた時の前後を記しておくね。

じいちゃんは、朝4:30に起床して朝4:45頃には散歩に出かけました。その後、ご飯を食べて7時過ぎにはゴミ出しをして、9時頃なのかな?いつものソフトボール仲間とグラウンドに集まりました。もう、じいちゃんは、数年前にソフトボール自体は引退をしていたようなんだけど、最初の体操には大きな声で「いっち、に〜、さん!」っと発生しながら皆をリードしていたんだって。でも、残念ながら昨日は様子が違いました。
最初は、声をだしていたのですが、それから声が出なくなってしまったようです。そして周りの人がいつもと違うと悟ったらしく、ベンチに座らせたところで、嘔吐。急いで(車で来ていた)友人が近くの病院へ運ぶ事になりました。
そうこうしているうちに、ばあちゃんが病院に駆けつけます。その時は、じいちゃんはまだ意識はありました。
ばあちゃん「どこが変なの??」
じいちゃん「頭の後ろのほうが痛い。。。」
そう言ったきり、左半身がだらんとなり、そのままこちらの問いかけには反応しなくなったそうです。
その後、脳の中に原因があるであろうということで、MRIがある大きな病院へ搬送したのでした。
実は、この間に腰を抜かしたばあちゃんが友達に頼んで
「家の電話帳に母の働き先が書いてあるので、急ぎ母に知らせて欲しい。」
と言ったそうなのですが、そのお友達も慌てているため、働き先の番号を電話帳から探せず、見やすいところに記載があった僕の携帯電話に掛けて来たのでした。そして、慌てて母と近くに住む叔父と私の妻に連絡をとり、急ぎ病院に駆けつけるように依頼をしました。もちろん、僕もすっとんで会社を早退しました。

で、僕がついた時にはMRIの写真を見ながら、お医者様がばあちゃん含め家族に説明をしていました。
この説明は分かりやすくて、冷静に受け入れていたのですが、カーテンがサッと開いたので、振り向くとそこにはじいちゃんが寝ていました。苦しそう。それに僕が知っているじいちゃんより小さくみえる。顔色も悪い。この瞬間、滝のように涙が止まらず、人生で一番多く泣いた日となりました。あんなに元気なじいちゃんなのに、無敵とさえ思っていたじいちゃんなのに、可哀想で可哀想で28年分の元気な時の思い出とが混ざり本当に本当に泣きまくりました。
でも、じいちゃん、覚えてる?手術室に向かうエレベータの中で僕が「俺がついてる!頑張ってこい!!」っていうと、まだ動く唇を一生懸命動かしていたんだぜ? その後も、僕が「聞こえてるかい??じいちゃん??」と言うたびに、唇を尖らせてアピールしていたよね?その瞬間、僕は絶対元気に戻ってくると確信したんだ。

その後、緊急手術が無事に終わり、ICUにて現在も闘っております。

じいちゃん、もう一度、一緒に野球を見にいこうぜ。だから、ゆっくり慌てずに戻ってきてね!!
俺、待ってるから。みんな、じいちゃんを待ってるからさ。